【日光街道Part3】杉戸宿~古河宿を歩く。宿泊でいく日光街道2日目

みなさん、こんにちはゆずです。

日光街道第3シリーズを書いていきます。前回は越ケ谷宿・粕壁宿・杉戸宿の3つを進んだ時のことを紹介しています。宿泊でいったので今回は2日目ですね。

定番の神社巡り、幸手の権現堂、カスリーン台風の爪痕などが思い出のコンクリートロードを歩きます。利根川を渡る前後がイベント少なくて、飽きていたのも良い思い出。

※2020.07.22現在、日光街道のすべてはまだ歩いていません。4月に完歩予定でしたが、コロナウイルスのため延期しております。

Part1である日本橋~越ケ谷宿までの記事は↓です。

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Part2である越ケ谷宿~杉戸宿までは↓です。

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日光街道ついて

歩くのは『五街道』のうちの『日光街道』。前回は越ケ谷宿・粕壁宿・杉戸宿を歩きましたが、今回は杉戸宿~古河宿を歩きます。ついに埼玉を飛び越えて、茨城県に突入です!

21個あるうち、もうそろそろ10個目ですね。半分ぐらいまで来ました。

日本橋 前々回
千住宿
草加宿
越ケ谷宿 前回
粕壁宿
杉戸宿 今回
 幸手宿
 栗橋宿
 中田宿
古河宿

街道歩きの個人的楽しみ方

前回と変わらないものですが、ここから見る方もいると思いますので簡潔に。この3点を街道歩きの楽しみとして意識しています。

  1. 日数制限は設けない
  2. 出来る限り歴史的な建造物、要所には寄る
  3. 現代のものも一緒に楽しむ

あとは絶対に歩きだけとか、疲れてきても歩き続けるなど、変なこだわりは捨てることが大事かなと思いました。楽に楽しんでいきましょう。

街道歩きの注意点

今回も車通りの多い車道沿い歩きですが、さらに『店の間隔が広く』なっています。飲み物、軽食の購入、食事といったためのコンビニや飲食店の間隔が広くなっていくので要注意。『食事』『トイレ』問題ははやめに解決を!

食欲・排泄欲に気をつかうと街道歩きも十分に楽しめませんので、早め早めにトイレや飲食店を地図アプリなどで目星をつけておくとトラブルなく、スムーズです。

今回の日光街道

今回はpart2に続き『泊まり』の2日目。宿泊地の久喜駅に行くために日光街道から逸れた杉戸宿に戻る所からスタート。朝に埼玉県『杉戸高野台駅』まで電車で移動して、日光街道歩きに戻っています。

前回にも言いましたが、街道上に必ずしも宿があるわけではないので、うまく宿泊地が無い場合は電車やバスで宿泊できる場所まで移動して、翌日に戻ってくるような柔軟性も大事かと思います。

 日時:2019年10月17日

 距離:約20.0km(Googleマップ参照)

 予定時間:4時間05分(Googleマップ参照)。

 実際の時間:6時間40分(休憩、朝食・昼食、寄り道含む)

 メンバー構成:2人

 アクセス:久喜から杉戸高野台駅までは東武線を使用。帰宅はJRを利用。

基本的には色々と寄り道しているので、時間は参考程度にお願いします。

使ったザックはこちら

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今回の撮影機材

カメラ OLYMPUS OM-D E-M1 紹介記事ははこちら
レンズ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO 紹介記事はこちら

いつもの相棒たちです。まだE-M1 MarkⅡでもなく、オズモアクションも購入していない時代。

街道歩きの記録

使用地図

今回も使用したのはこの便利な本。一日目も使ったので当然ですが、細かく、丁寧で分かりやすいです。この地図とスマートフォンのGoogleマップとGPSがあれば、基本的には問題ないでしょう。

下の写真は前回のものを流用。本の雰囲気をつかんでください。

トイレ情報

基本的には公道歩き。ただ『公園』などの公衆トイレはだいぶ減っている印象。『コンビニ』『飲食店』などの建物のトイレを借りることが多くなります。

寄ったついでにトイレを済ませておくのが鉄則な印象です。

タイムスケジュール

杉戸高野台駅 8:00
幸手駅 9:00
幸手 権現堂 9:50
東北新幹線下、通過 11:00
のもと食堂 11:20
栗橋宿 12:10
利根川を渡る 12:40
古河宿 14:20
古河駅 14:40

杉戸高野台駅~幸手駅まで

宿泊施設の最寄りの久喜駅。昨日を反省して、今日は杉戸高野台駅まで電車で移動。

構内のパン屋で朝食を食します。こうゆう自由な感じも良いですよね。

昨日の1時間半の歩行が嘘のよう…。あっという間に杉戸高野台駅に到着です。

日光街道は杉戸高野台駅前ですぐに合流出来ます。

この分岐を直進すると日光街道で、ここを左に進むと旧日光街道です。幸手宿までは主に旧日光街道を行きます。

線路を渡る。

道路元標なる珍しいものも見つける。旧日光街道の方が街道に繋がりのある建物や建造物が見つけられることが出来ます。

杉戸市を出て、幸手市へ。学生時代の友人が幸手生まれでして、行くことはないと思っていましたが、まさか歩いていくことになるとは。

昨日同様に柿が至る所に出来ている。柿のアーチですね。

道中にある少し新しそうな建物。『聖徳太子堂』というようで明治11年(1878年)にこのお堂を仮校舎として「上高野学校」が開校した、ということの様です。左のコンクリートで埋められた空間なども含めて、学校が建てられたのでしょうか。

その場で由来もスマホで調べられるので、便利になったものです。

ここは神明神社。この神社の前は旧日光街道で、周辺が幸手宿の入口辺りに位置するようです。

境内ですが赤い建物『菅谷(すがたに)不動尊』があります。別名『たにし不動尊』といわれ、目の病の人がたにしを描いた絵馬を奉納すると、ご利益があるとされています。

たにしは目の治療に昔は使われていたのでしょうか?ゆずが好きな温泉でも、目の病に効くとされる温泉もあるので、ありえない話ではないのでしょうか。ちなみに新潟にある貝掛温泉というところですね。

2日目の安全を祈って歩きます。

幸手宿と権現堂

さて幸手宿に入ります。まずはその象徴たる幸手駅。東武の駅はだんだんとリフォームしているようで、駅に特徴が出ています。ここはこの後にいく権現堂桜堤の桜並木を意識しているのか、桜吹雪が壁面に描かれていました。

桜を前面に押し出しています。おかしい、何にもない駅だと友人から聞いていたのに、味のある駅だといじる場所がない…(笑)

駅前にも立派な日光街道の紹介文があります。江戸幕府の整備で6番目に発展したのが幸手宿の様です。幸手駅前にこの看板があるので、幸手駅の発展の様子も描かれています。

幸手駅開業が昭和4年(1929年)ということで歴史は古いですね。

お地蔵さんの形をしたモニュメントが道端に置いてあったりしますが、お腹辺りにあるハンドルを回すと幸手を紹介する映像が流れる仕組みになっている様子。ただ壊れているものが多く、このモニュメントも映像を映すモニターが無くなっています…。

壊れるだけでなく、盗まれたりするのでしょうか。

日光街道が近いからか所々に松尾芭蕉の絵や、権現堂由来の桜がちりばめられています。

幸手市のホームページを見ても花の紹介を推している場面があります。

日光街道の標識も古い。

すごい新しい一里塚跡地。ちなみに一里塚というのは街道歩きでよくあるもので、一里(約4㎞)ごとに土も盛って旅人の目印にしているものです。主に木が植えてあることが多いですね。

今回の日光街道でも見られます。ただここは跡地で完全に面影はなくなっています。

幸手の名所『権現堂』に向けて、少し日光街道を外れます。

ここが桜や菜の花が綺麗な権現堂桜堤がある権現堂公園。

この時も混んでますが、桜の時期は駐車場にとめるのにかなりの渋滞になるようです。

平日はやっていないのか、桜などの花まつりの時期じゃないからなのか分かりませんが、茶屋は閉まっていました。ちょうど小腹も空いて、食べたかったのですが。

堤防の様なっており上を歩けます。上は桜、下は菜の花、曼珠沙華、水仙などの花が時期を変えて咲きます。

10月のこの時期は何も咲いていない…。9月に咲いたであろう曼珠沙華のかすかな名残が片隅にある程度でした。

昼食、栗橋・中田宿と利根川の台風の傷跡

さて権現堂には花の気配が皆無でしたが、今度時期を変えて来ることにしましょう。再び日光街道に戻り、東武線と共に進みます。

そして再度旧日光街道歩きに移行します。この辺りからは日光街道は歩道が無かったり、非常に狭かったりして徒歩で歩きにくいので、しばらくは旧日光街道の方が下道で歩きやすいです。

車通りの少ない歩きやすい道。

ここは日光街道と筑波道が分かれる分岐。1775年に建てられたというが驚きです。

権現堂で無かった花々に癒される。

蝶々も止まって、春の気分。秋ですが。

歴史のある商店を通りすぎる。

ここからは旧日光街道じゃない、日光街道の方に戻れないかなど試行錯誤して進んでいますが結局無理でした。日光街道と旧日光街道の間にあるこの道路を直進していきます。

マンホールやコンクリートの山。

秋を感じるイガグリ

正直この辺はつらかった…。何もイベントないし、寄るとこないし、景色も囲まれているだけで道路しかありません。ただ東北新幹線の下を通るというだけで写真を撮って喜んでいます。

でも意外とたのしかったり。

コンクリートの造形を写真に収めていきます。

栗橋大一劇場という派手な場面を左に曲がり、引き続き旧日光街道を歩く。

ここは川通神社。

緑の境内を求めて寄り道。小休止しますが、そろそろ11時でお腹も空いていたので、地図アプリから飲食店を探します。

すると旧日光街道を進むこと7分ほどで『のもと食堂』という場所を見つけました。ちょうど良いタイミングです!!

定食、麺を揃えている定食屋さん。

結構な頻度で登山後によく頼む『かつ丼』。安定で美味い。

カツど~ん。比較的甘めな味付け。

昼食で気力を回復して、次に向かうのは『栗橋宿』。のもと食堂から日光街道の方はまた徒歩で歩きにくくなるので、旧日光街道を進みます。

幸手ほど立派な看板はありませんが、提灯があります。あとはお地蔵さまとか、ちいさな案内図がある程度です。

ちなみに利根川がすぐ横に流れているのですが、ここ栗橋宿で一番驚いたのはこの写真に写っている赤テープ(カーブミラーのところ)。一日目に歩いた杉戸宿にもこの赤テープがありましたが、これは昭和22年のカスリーン台風の時に浸水した水位を表したもの。

杉戸の水位との違いがすぐに分かります。ここは3.1mの水位まで上がってきているので、ゆずの身長なんて完全に飲み込んでしまう水位です。

これが杉戸の写真。1.2mの水位。

街道でよくある関所跡。ここは栗橋宿の関所跡です。次に通る中田宿と利根川を挟むように建てられたようですね。

利根川がすぐ目の前ですが、一度寄り道。『八坂神社』という立派な神社によります。

境内には立派な神輿もあります。

この年は令和元年であり、天皇陛下即位に関して触れられています。

狛犬ならぬ、狛鯉。

立派なイチョウの樹。ですが黄色く色づいてはいませんので、これからでしょうか。

では一級河川である利根川に渡ります。

ついに埼玉県を抜けます!茨城県です。

ちょうど4日前には台風19号が上陸して、関東にかなりの雨を降らしました。ここ利根川も少し前に紹介したカスリーン台風などで氾濫していることから、スーパー堤防というかなり強靭な堤防になっています。

それでも写真で見る様に、台風ではかなりの水位になったようです。ホントあと少しだったみたいで、このスーパー堤防やダムには感謝ですね。

台風の脅威を再認識して、対岸にあるのは『中田宿』。ただこの中田宿はあまり標識などがありませんでした。説明によると中田宿のあったところは、利根川の河川敷部分にあるようです。

日光街道 旅の神と古河宿へ

鶴峯八幡宮。徳川の日光社参の時には安全祈願として立ち寄ることもあるようです。

とても立派な境内。

…凄いとか、立派とかしか語れなくてすみません。

このように木だけで建てている建物はよく考えたものだと驚きます。かみ合わせとか昔の人は一種の視覚や触覚に頼って作っているんですよね。

日光までの道のりの安全祈願した神社だけあって境内には『日光街道 旅の神』といった、日光街道歩きにはぴったりの神です。

もう一度線路を渡り、次の『古河宿』目指します。ちなみに利根川から古河駅まではずっと旧日光街道を歩いています。

宇都宮線を横目に歩く。改めて電車の便利さを痛感しました。

途中にある一里塚ですが、なんと高校の校庭にありました!

さすがにカメラを構えたままずっと見ているのは厳しいので、簡単にパシャリ。マンホールのようなものが一里塚の跡地のようです。ここの学校の生徒のどの程度がここの一里塚の存在を知っているのでしょうか。

日光街道といえば杉並木のイメージですが、主に日光街道ゴール前の終盤に現れます。この辺は日光街道でももっとも景観が美しい松並木があったようです。

もうその松並木は無いようですが、植林で松が所々に植えられているのが分かります。

古河宿に到着。幸手同様にここ古河宿も旧日光街道沿いは綺麗に町おこしされています。このような灯篭のようなものが街道沿いに新設されています。

ここ古河宿に関わっている歴史上の人物の紹介や、名所の紹介文が街道沿いに一定して設置されています。

幸手同様、地域で力を入れてますねー。

歴史で外せないワードとしては、お城も重要。今まではあまりありませんでしたが、ここには古河城の跡地が随所に見られます。

アンティークショップ。中にはマネキンや年代物の置物、看板など面白い商品がたくさん売っていました。

予定では次の野木宿に行くことにしてましたが、意外にもきついコンクリートロード。今回は古河宿でギブアップ。

電車に乗って、朝に出発した久喜駅にもすぐに着きましたが、改めて結構歩きはしたんだなと思いました。一緒に歩いた友人と電車の中で、今回の思い出を語りつつ、この旅は終わりです。

さいごに

今回は日光街道Part3として『杉戸宿』から『古河宿』まで歩きました。ついに埼玉県も越えて、茨城県にきました。次回もコロナ次第ですが、宿泊で古河から宇都宮まで歩いて完歩を目指していこうと思っています。

宇都宮から日光までは実は一番はじめに歩いてしまっているので、一番の面白いところは終わっています。正直コンクリートロードは足も負担かかるし、つらいのですが頑張りましょう!(笑)

今回の幸手、古河に関しては日光街道であることをアピールしていることもあり、日光街道を歩いている感じがして良かったです。偶然にもカスリーン台風の爪痕が残されている利根川を、再度氾濫させる恐れがあった台風19号の後に歩いたので、自然災害の恐ろしさを改めて感じました。

次の日光街道歩きを楽しもうと思いました!では皆様もこんな情勢ですが、街道歩きを楽しんで良ければと思います!

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